日田
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・小京都のマンホールの蓋

小京都ウォーカーの野次馬の目
江戸幕府の直轄の天領があった日田には、行政部門として代官所、郡代所が置かれ、金融部門として公金を扱う「掛屋」と呼ばれる財政機関が存在した。幕府の天領は九州には多くの石高を持っており、それらの財は、この日田に集められた。
九州一円から集まった財力はかなりのものがあり、豪商を育てた。
その名残のひとつが「ひなまつり」だ。
今日も、二月中旬から三月末まで「おひなまつり」が催され市内の民家に残る「おひなさま」を含めて十三ヶ所で展示・公開されている。
これらの展示を見て回れば、当時の日田の繁栄が想像以上であることに気がつくだろう。
「おひなさま」の表情は時代によって異なっている、江戸期のものは目が細く頬がやや膨らんでいる、明治に入ると目はやや大きくなり、顔は少し細くなる、戦後は目が大きくなり、顔はやせたものに変化しているのだ。
天領に「おひなさま」が残っている例は、他にもあり、幕府直轄地の財力がいかに大きなものであったかがわかる。