萩ってどんなところ データベース萩 見所を画像で紹介 小京都★★★ファイル 交通機関とリンク

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・明倫小学校 市内を歩いていてハッとした小学校の建物。他の有名施設より趣があった。校名の「明倫」はもちろん藩校であった明倫館の名前が語源。明倫館跡も残っている。明倫館は萩藩五代藩主・毛利吉元が開校した(その後、新築されている)。多くの藩士の子弟が学んだ。


・萩城跡・指月(しづき)公園 海に突き出た形になっている萩城跡。合戦には参加しなかったものの、関ヶ原の合戦で敗れた形になった毛利輝元が、防長の二カ国に領地を減らされて萩へ移ってきたために造られた。幕末に山口へ藩主が移るまで(幕府の許可も得ずに勝手に)毛利藩の居城となった。天守閣などはなく、石垣と壕が残っている。今では木が伸び、離れて眺めると山のように見える。


・江戸屋横丁 この城下町から明治維新の多くの志士が誕生した。個々の武家屋敷の見学よりも、彼らの偉業を偲びたい場所。江戸屋横丁の他に、伊勢屋横丁、菊屋横丁のあり江戸時代の趣を残している。中でも、伊勢屋横丁にある古い町家「菊屋住宅」は、庭園も美しい。


・萩城城下町 江戸屋横丁には薩長同盟を締結させた木戸孝允、高杉晋作、久坂玄瑞などの旧宅が残っており、見学もできる。当時の生活が垣間見ることができる。それにしても蒼々たる顔ぶれが並ぶ。


・松下村塾・松蔭神社 吉田松陰が子弟を教育した塾。ここから多くの幕末の志士、明治の政治家を、わずか二年半の間に輩出した。日本近代化の原動力となった塾。元々は物置小屋を改装したもので、写真で見るよりずっと小さな建物。藩の作った明倫館で学ぶことができなかった下級武士が集まった。JR利用の場合は東萩駅が近い。



まだまだある見所
・反射炉・・・幕末に萩藩が造った溶解炉で鉄砲などが作られた。煙突が2本ある。
・菊屋横町・・・城下町の雰囲気を残す武家屋敷街。高杉晋作旧宅もこの通りにある。
・藍場川・・・昔の用水路。各屋敷の前を流れ、小さな橋が屋敷に架かっている。現在の川は鯉が泳いでいる。



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