嵐山
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・旧鎌倉街道 鎌倉武士もこの道を馬に乗って駆け抜けたのだろうか?この地の英雄・畠山重忠は源頼朝の信頼の厚い武将として、名前を残す。特に義経に従い戦った源義仲討伐、また平家打倒の戦で功を上げる。なお、菅谷館跡には鎌倉街道の遺構を見ることが出来る。

・埼玉県立歴史資料館 鎧を着た畠山重忠ロボットが出迎えてくれる。その重忠も頼朝亡き後は、実権を握った北条家とはうまくいかず、鶴ヶ峯で幕府軍との戦いで戦死する。資料館は「菅谷館跡」の中にある。また、畠山館跡も残っている。博物館ではなく資料館だが、内容的には充実している。

・遺跡が多い嵐山 町内を歩いていると、このような遺跡と出会うことも。そこが旅の面白いところでもあるのだが。埼玉は関東の中にあって遺跡を多く見ることのできる。「埼玉風土記の丘」も興味深い。

・嵐山駅 京都の嵐山に似た風景を持つことから名前を付けられた「嵐山」。読売新聞により新日本百景として観光地として選ばれたことを示す。ところで、残りの99はどこなのだろうか?

・嵐山渓谷バーベキュー広場 嵐山渓谷の入口にあたる嵐山渓谷バーベキュー広場。休日ともなると広い河川敷が利用客でいっぱいになる。入場料金はないが駐車場が有料となっている。管理棟の中には小さいながらも売店があり、水遊びのできるオモチャまである。また、撮影場所の橋の横には温泉があってここは便利。

・畠山重忠の像 鎌倉武士として猛攻果敢だった重忠は源平の合戦においても功績を上げ、源頼朝の信頼を置く武将であった。後に菅谷に館を構えたのが現在の埼玉県立歴史資料館になる。残っている土塁や掘の形は戦国時代のそれに倣っているが、その下に以前の菅谷館があったと推測されている。

・嵐山渓谷 日本最初の林学博士で、日比谷公園などを設計した本多静六博士が、槻川の渓谷を「京都の嵐山に似ている」と評したのが町名の由来になる。その嵐山渓谷がここ。春の新緑から秋の紅葉まで美しい姿を見せてくれる。

・オオムラサキの森活動センター ログハウス風の建物に、オオムラサキをはじめ、この緑のエリアに各蝶々と生物のが写真・標本によって紹介されている。周囲には昆虫採取禁止の看板がいたるところ(1メートル間隔?)にあるのには驚かされる。

・ホタルの里 湿地帯に木製の遊歩道を整備。嵐山町が「21世紀へ飛翔する蝶の里・緑園都市らんざん」として整備したもの。日中に訪れた時には蝶が舞っていた。槻川はすぐそば。ただ、「マムシに注意」の看板が怖かった。

まだまだある見所
・鎌形八幡神社・・・木曽義仲の産湯に使われたと伝えられる清水が境内にある。
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